アウトライン

横藤電車最大のライバル東海道線では、当時線路を横須賀線と共用していたため、本数の制約や停車駅の制約がありました。しかし、1980年10月1日、SM分離行われました。このSM分離というのは、東海道線と横須賀線の線路を分離させることで、大幅な本数の増加が可能になる他、東海道線の停車駅に戸塚が加えられることになりました。これは大打撃を受けると予測されたために横藤電車では様々な策を生み出しました。例えば向こうが戸塚に止まるなら、こっちも止めようということで特急の停車駅に戸塚が加えられました。また本数増発に対抗して、特急が20分間隔、本線急行が20分間隔という、特急と急行の交互運転だったのを、急行を格上げして特急を10分間隔としました。そして当時の横藤電車では旧性能の電車が走っていました。やはりブレーキなど、乗務員から不満があり、乗客からも冷房がついていないと不満がありました。そこで600形を基本にレベルアップさせた新型車両をつくることになったのです。

乗り心地の追及

当時、横藤電車の朝ラッシュ時の混雑率は最高で200%近くに達しており、なおかつ輸送量は右肩上がりでした。これは沿線の宅地化が急激に進んだことと、16m級の300形が未だに朝ラッシュ時の主力となっていたからです。また先述した通りSM分離を実施する国鉄への対抗意識があり、サービス向上も求められました。輸送力増強とサービス向上って、よく考えれば矛盾してる気もしますが、750形はそういうコンセプトで設計されているのです。鋼製車体18m3扉というのは600形とは変わりませんが、扉には700形で採用された両開き式を採用し乗降時間の短縮を図り、混雑緩和を実現していす。また車端部には見合い式の固定クロスシートを設けました。営業課などからはサービス向上として(サービスが向上すれば、乗客も増え増収となるため)、500形だけでなく通勤型の車両にもクロスシートを設置したいという懸案があり、当初はオールクロスシートにしようという計画もありましたが、運転課からは遅延の原因として、検車課からは床下点検蓋と重なると点検に厄介であるとし、車端部の固定式に落ち着いたわけです。外装は600・700形の前頭部をベースに、前照灯を下部に移し尾灯と一体化させ、パノラミックウインドウを採用しモデルチェンジを図りました。側面は2段上昇式の窓から各窓が独立したバランサ付き一段下降式の窓にし、前頭部と合わせてスマートな印象に変わるなど800形への架け橋となった電車でもあります。 

機器は1970年代に起こったオイルショックを理由に省エネの意識が高まり、横藤電車でも省エネルギーの700形電気子チョッパ制御車の導入をしていました。しかし750形は停車駅の少ない優等運用が主体であるため、回生ブレーキの使用効果が薄いとのことで旧来からの抵抗制御の採用に至り、主電動機にはMB-3189-Oが採用されました。また横藤電車では初の電気指令式ブレーキが採用されました。台車には円筒案内式のKW-9-O(電動車)および、KW-10-O(付随車用)が採用されました。曲線が多く、路盤も悪かった横藤電車では、昔から揺れが酷く「嘔吐電車」などと皮肉られていたため、その名を払拭するのが長年の懸案でした。そこで750形では乗り心地に定評のある円筒案内式の台車を採用することになったのです。円筒案内式は安定した走行性能を誇り、特に高速走行時には穏やかな乗り心地で、大変好評となりました。

750形の歩み

750形は1980年9月1日のダイヤ改正に合わせてデビューしました。パノラミックウインドウのフェイスに一段下降式の側面窓は従来の横藤電車に比べてスマートな印象で鮮烈でした。乗り心地も、今までガッくんガッくんと飛び跳ねるように揺れてたのに対し、750形は円筒案内式の台車を採用したことにより地面を這うようにスムーズに走行することが可能となりました。さらには750形の増備が進み300形が全廃したことによって、横浜平塚線および江の島線の冷房化率が100%となりました。また750形は500形が陳腐化したために、800形登場の1990年代まで横藤電車のイメージリーダーとしても広告などにも多用されました。エースの座はそう長くなく、1990年にフルモデルチェンジの800形が登場しました。800形が増備されるにつれ750形は陳腐化がめだってきたので大幅なリニューアル工事が1995年からはじまりました。外装・内装ともに800形と同じレベルにし、機器面では制御装置を抵抗制御から界磁添加励磁制御に改造し回生ブレーキの使用を可能とさせました。

現状

750形は6×8の48両が製造されました。

750形の運用は、普通以外の優等列車はなんでも就き、朝は特急や通勤特急・準急、昼は特急と急行といった具合です。

砂まじり~の茅ヶ崎ィ~…♪

(今度はサザンか・・・)

サザンの勝手にシンドバッドですか。ちょうどサザンがデビューしたころに750形は颯爽とデビューしたんですよ。1980年代の湘南はまさに黄金期のようなもんでしたね。

つまり750形は湘南の黄金期を支えたと…

750形が増備されるにつれて沿線の方々からは、「横藤電車の揺れがおだやかになるにつれて、暴走族は過激化した」なんて言われたそうです。

まぁ今じゃ、どちらも穏やかになりましたがね。(笑)

あなたのお友達は?

あの子は暴走族じゃないですよ~。あの子内面いい子なんですよ。(笑)

アァン?なんか言ったか、ゴルルア!

暴走族です。