1913年に創立された横藤電鉄は、早速建設にとりかかる。横浜の市内中心部から山を越え東海道に沿い、戸塚、原宿、藤沢へと至るルートで、電圧は600Vで軌間は高速走行も安定な1435mmという標準軌が採用された。こうして1915年に横浜市内中心の1歩手前の山王橋から藤沢間が一気に開業したのである。開業と同時に15両用意された1形はその頃電車の主流となっていたボギー車で、乗客たちは猛烈な加速とピタンと止まる性能に驚いたという逸話があり、当時の新聞でも「けふ開通した横藤電車は、汽車を牛とするならば其の走り方は馬の如し」という文が見られた。運賃も汽車より格安で運転間隔も15分間隔という頻発性から人気を集めた。しかしターミナルが山王橋だったのが大きな欠点となった。横浜市内中心部に行くには市電の乗り換えを要したからである。そこで割引切符などを発売して乗客獲得につとめた。

1918年には藤沢~江の島間が開業した。開業時には江之島電気鉄道からの反対があったようだが、江の島発展のためという理由で両社は合意した。なお江の島延伸時に新型車21形を用意した。この21形はアメリカンスタイルとして多くの好評を得た。