1945年8月15日に太平洋戦争は終結し、早急に復興されることが求められた。最初は荒廃した設備、車両の整備にあたった。車両の側面の窓ガラスや椅子は板張りにした車両や、どう整備しても動けない車両があったものの、車両をすぐに新造できる状態では無く、かといって20m級の63形電車を払い下げるのには物理的に無理があったため究極の運輸体制を強いられた。そんな最中、車両の故障など頻発し最悪な状態であった。

しかし、早くも戦前の水準に戻らなければならないという思いがあったようで、1946年には急行運転の再開、1948年には待望の新造車200形増備車が投入された。そして1950年には完全新造車300形が登場した。300形は16m級3ドアの中型車で小型車天国であった当社の輸送力増強に大きく貢献した。他にも軌道強化、曲線改良、信号保安設備の充実などが目覚ましいスピードで進められた。